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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1232号 判決 1975年3月31日

札幌市中央区北一条東一五丁一四〇番地

控訴人

沢政男

右訴訟代理人弁護人

岡和男

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被控訴人

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

筧康生

高橋健吉

松田敏郎

斎田清治

小山紀久朗

南亮

右当事者間の国家賠償請求控訴事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金四八四〇万〇五五五円及びこれに対する昭和四二年五月八日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に附加訂正するほか、原判決事実欄の記載と同一であるから、これを引用する。

一、原判決三枚目表六行目中「金一六九五万〇六四〇円」の下に「の納付義務」を加え、同四枚目裏三・四行目中「再調査決定」を「再調査請求」に、同六枚目裏七行目中「事業年度」を「の事業年度」に、九行目中「同年五月二日」を「昭和四一年五月二日」に、一〇行目中「九月三日」を「同年九月三日」に、一一行目中「所得税額は」を「所得税額に」に、同七枚目表三行目中「九月七日」を「昭和四一年九月七日」に、一〇行目中「十分」を「慎重かつ十分に」に、同一二枚目表二行目中「を行なうに際し」を「として」に、同一四枚目裏八行目中「連絡所」を「連絡所で」に、同一六枚目裏六行目中「この旨」を「法人税決定通知書及び繰上徴収告知書」に、一〇・一一行目中「一二月二二日」を「一二月二日」に、同一七枚目表初行中「右小切手」を「右手形」に、同裏八行目中「判断する」を「そう判断する」に、同一八枚目表五行目中「紛わしい」を「紛らわしい」に、六行目中「由求する」を「由来する」に、九行目中「商法所定」を「に関する商法所定」に、「同一九枚目裏九・一〇行目中「法人税」以下「これを」を「法人税徴収のための原告名義の普通預金の差押を」に、同二〇枚目裏二行目中「信義誠実に」を「信義誠実の」に、同二一枚目表初行中「信義則」を「信義誠実」に、同二三枚目表初行中「供託法」を「供託法及び供託規則」に、それぞれ改める。

二、控訴代理人は、甲第二二号証の一ないし四を提出し、当審における証人榊原正枝の証言及び控訴人の尋問結果を援用し、乙第二八号証の成立を認めた。

被控訴代理人は、乙第二八号証を提出し、甲第二二号証の一ないし四の成立を認めた。

理由

当裁判所も、原裁判所と同様に、魚津税務署長が昭和三六年一一月三〇日に室町会館に対してなした本件更正処分につき、同署長及び担当係官に故意又は過失があったと認めることはできないものと考える。当審に提出された新たな証拠を加え、弁論の全趣旨を勘案しても、原判決を取り消し又は変更する必要をみない。その理由は、次に附加訂正するほか、原判決の理由欄に説示されているところと同じであるから、これを引用する。

一、原判決二六枚目表四行目中「乙第一」を「第二二号証の一、乙第一」に、五・六行目中「第一三ないし第一八号証、第二一号証の一・二」を「第一三号証、第二一号証の一・二、第二七、第二八号証」に、七行目中「乙第一九」を「乙第一四ないし第一八号証、乙第一九」に、一〇行目中「ならびに」を「、当審における証人榊原正枝の証言及び控訴人の尋問結果(いずれも後記措信しない部分を除く。)ならびに」に、同三三枚目表七行目及び同裏二・三行目中「丸一商事株式会社外四名」を「丸一商事株式会社外三名」に、同三六枚目表七行目中「納税告知書」を「法人税決定通知書及び繰上徴収告知書」に改め、同三八枚目裏三行目中「結果」の下に「ならびに当審における証人榊原正枝の証言及び控訴人の尋問結果」を加え、同三九枚目裏一〇行目中「取扱れ」を「取り扱われ」に、同四〇枚目表二・三行目及び五行目中「同趣」を「同趣旨」に改め、同裏二行目中「立野一雄」の下に「及びその他の担当係官」を加える。

二、成立に争いのない甲第一四、第二一号証、第二二号証の一ないし三、乙第二一号証の一・二、第二四、第二五号証及び前記吉岡・魚躬各証言によれば、魚躬は、本件土地を室町会館(買受当時の商号は魚躬商事株式会社)か買い受けたものであり、魚躬個人が買い受けたものではないと考えていたが、予定していた事業が進展せず、その対策に追われていた関係上、右土地を取得した昭和二二年当時本件土地を会館の資産として貸借対照表に計上するのを失念していたこと、魚躬は、その後も事業の対応策に追われるとともに、間もなく会館が休業状態になったため、本件土地の計理上の処理も放置していたこと、室町会館は、昭和三四年ごろ本件土地上に貸ビルを建築することを計画し、右土地を会館の資産として貸借対照表に計上する必要が生じたため、昭和三五年九月ごろ魚躬が魚津税務署湊屋法人税係長に相談したこと、その際、魚躬は、室町会館が本件土地を買い受けたものであり、その代金は魚躬が立替払したが、会社の資産に計上するのを失念したものである旨説明したこと、同係長は本件土地の登記関係書類等と対照してこの説明を納得し、右土地の評価額については、双方の意見が一致した価額によるとしたものであること、この結果、室町会館は、昭和三五年一〇月三一日付の営業再開申請書を魚津税務署に提出し、本件土地を一九五万円(なお、資本金は五〇万円)として資産に計上した同年九月一日付の貸借対照表を添附したこと、本件土地売却に伴う課税調査のため、同署の法人税係である吉岡事務官は、昭和三六年一〇月ごろ右申請書に添附の貸借対照表及びそれ以前に作成提出された同社の貸借対照表(土地勘定の記載はない。)その他関係書類を検討し、営業再開申請書を受理するにつき、その担当係官が相当調査を行なった事実を聞知していたことが認められる。

ところで、相当の長期間会社の簿外資産となっていたものを公表資産に計上するという事例は、少なからず存在するのであり、その場合、右資産の額が資本金の数倍に達するとしても、特に異常なこととして注目すべきものであるとは言い得ないし、また、魚躬の説明と予盾する資料もなかったのであるから、湊屋係長が前記営業再開申請の際に、さらに、また 吉岡事務官が昭和三六年一〇月ごろの調査の際に、いずれも本件土地が室町会館の所有に属するということに税務職員として当然疑念を抱きその調査に着手すべきものであったと言うことはできない。

三、成立に争いのない乙第七、第八、第二七号証によれば、魚津税務署徴収課員である酒井敏男ほか一名は、室町会館に対する前記法人税決定通知書及び繰上徴収告通知書を昭和三六年一一月三〇日に送達する際、同会社の代表取締役が魚躬であると当初考えていたことが認められる。控訴人は、この事実をとらえ、本件に関する同署の係員全部が、当時本件調査に着手する際、室町会館の代表取締役が控訴人であることさえ知らず、そのため控訴人からの事情聴取が遅れた手落があると指摘する。しかし、成立に争いのない乙第二、第二八号証及び吉岡証言によれば、昭和三六年一〇月二三日に提出された室町会館の確定申告書にその代表取締役として控訴人の氏名が明記されており、同署の直税課法人税の担当係員は、当時控訴人が室町会館の代表者であることを知っており、控訴人について事情聴取をなしたことは原審認定のとおりであるから、控訴人の右非難は当らないというべきである。

四、魚躬が室町会館の全株式一万株を控訴人に譲渡し、かつ、魚躬の責任において、本件土地になされている差押登記・抵当権設定登記等の各抹消登記手続及び室町会館につき生じた昭和三五年一二月一日までの一切の債務(和解調書に基く立退料等の債務を除く。)の弁済を行なうことを約した同日附売買契約書(甲第二号証)を、吉岡、市村両事務官が昭和三六年一一月二九日に検討したことは、前に引用した認定事実のとおりであり、前記魚躬証言及び弁論の全趣旨によれば、室町会館は、設立以来右売買契約時まで魚躬を実権者とする小規模の同族会社であったことが認められる。

このような同族会社の全株式を一括売却する場合、株式の価値を増大させるために、売主が会社の負担を自ら引き受けることとして株式の価格を決定するということは、取引の常識に反するものでもなければ、何ら異常と目すべきものでもないから、右契約内容につき前記事務官らが不審の念を抱かなかった点に過失があるものとは言い得ない。

五、以上要するに、魚躬は、本件土地が室町会館の所有であって、右土地を控訴人に売却したものではなく、室町会館の全株式を控訴人に売却したと考えており、この考えに添って、魚躬は、室町会館の貸借対照表に本件土地を計上し直し、魚津税務署の係官に対してもその旨の説明をしており、また、これを疑うべき格別の資料もなかったのであるから、同税務署長及び担当係官が右説明に添う認定をしたことにつき非難されるところはないものというべきである。

よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺一雄 裁判官 宍戸清七 裁判官 大前和俊)

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